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福島地方裁判所 昭和25年(行)21号 判決

原告 大内半三

被告 野田村農業委員会・福島県知事

主文

被告野田村農業委員会との関係において、同被告が別紙第二目録記載の農地について定めた売渡計画の無効であることを確認する。

原告の被告野田村農業委員会に対するその余の請求を棄却し、被告福島県知事に対する訴を却下する。

訴訟費用中原告と被告野田村農業委員会との間に生じた部分は、これを二分し、その一を原告、その他を同被告の負担とし、原告と被告福島県知事との間に生じた部分は、全部原告の負担とする。

事実

原告は、被告らは、原告所有の別紙第一、三、四、五目録記載の土地について定めた農地買収計画及び別紙第一ないし第五目録記載の土地につき訴外紺野栄太郎、茂木兼蔵、末永馨、後藤勇吾、角田惣栄、二階堂ノイ、高橋貢を売渡の相手方として定めた農地売渡計画の無効であることを確認せよ。訴訟費用は被告らの負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は、専業農家で、亡大内峯吉の長男であるが、

別紙第一目録記載の農地を昭和二一年中訴外紺野栄太郎に、

第二、三目録記載の農地を昭和二〇年中訴外茂木兼蔵に、

第四目録記載の農地(現況畑)は昭和二一年中うち一反一〇歩を訴外後藤勇吾に、うち五畝一〇歩を訴外角田惣栄に、うち七畝二〇歩を訴外末永馨に、

第五目録記載の農地(現況畑)は昭和二一年中うち八畝歩を訴外二階堂ノイに、

それぞれ小作させた。第四、五目録記載の農地中前記小作地以外の部分は、原告の自作地である。

二、被告野田村農業委員会(以下村農委という。)は、自作農創設特別措置法(以下措置法という。)第三条に該当するものとして、第一及び第四目録記載の土地については昭和二二年一〇月二日を第三及び第五目録記載の土地については昭和二三年二月二日を買収期日として、それぞれ農地買収計画を定め、福島県農業委員会(以下県農委という。)は、これを承認し、これら土地は買収された上、第二目録記載の農地とともに、次表のような村農委の売渡計画及び県農委の承認に基いて、前記小作人及び訴外高橋貢に売り渡された。

売渡計画樹立日

承認日

第一目録

二四、三、六

二四、三、三一

第二目録

二三、八、一三

二三、一〇、二

第三目録

二三、六、一六

二三、七、二

第四目録

二四、六、二

二四、七、二

第五目録

二四、六、二

二四、七、二

三、しかし、右買収計画及び売渡計画は次の理由で無効である。

(一)  買収計画の手続のかし、

(イ)  第二目録記載の農地については、村農委が、昭和二二年一〇月二日買収計画を定める際、これを除外したもので、従つて買収計画がなかつたのに、これを買収した。(甲第一号証参照。)

(ロ)  第一、第二、第四目録記載の土地については、村農委は、買収計画樹立を何等審議していない。被告らが、村農委においてこれを議決したと主張する昭和二二年六月一一日には、右議決はなかつたのであるから、(甲第一〇号証参照。)その買収処分は不成立である。

(ハ)  仮に、村農委が、第一ないし第五目録記載の土地について買収計画を定めたものとするも、右はいずれも買収計画書(甲第一及び第六号証参照。)で明らかなように、措置法第三条第一項第一号に規定する不在地主所有の小作地としてこれを定めたものであるが、原告は、従前から野田村に居住するものであつて、不在地主ではない。

(ニ)  村農委は、本件買収計画を定めたことを公告しなかつたし、原告に通知もしなかつた。さらに福島県知事は、本件買収令書を原告に交付しなかつたから、買収は、その効果を発生していない。

(ホ)  第四目録記載の土地については、亡峯吉を所有者として買収計画を定め、買収処分をしているが、これは相続人である原告に対してされたものでもなく、またその買収令書を原告に交付していないから、その買収は無効である。

(ヘ)  原告は本件土地の買収を全然知らなかつたが、そのような風評があつたので、村農委に数回たしかめたところ、買収はしていないということであつた。ところが、原告は、昭和二四年三月一日ころ小作人から本件土地を買い受けたという話をきいたので、驚いて村農委について調べた結果、本件買収を知つたので同月三日村農委に対し、違法で当然無効である買収を取消すべき旨異議申立をした。村農委は、同月二一日、六月一一日それぞれ委員会を開いて調査したところ、保留となつたが、ついに一二月一七日村助役ら立合の上、取消の手続をとることに話がきまつたのに、今日までこれを放置している。結局村農委は、右異議に対する決定をしていない。

(ト)  原告が調査したところでは、第一、二目録記載農地の買収計画承認申告書は、黒線で消されてあつたが右事実もその買収計画のなかつたことを語るものである。

(二)  目的物に関するかし、

(イ)  原告の自、小作地は、末尾添付の別表のとおりであるから、本件農地は、保有制限内の原告所有の小作地であるのに、これを制限外の小作地として買収した。右保有小作地を具体的に決定することは農業委員会の裁量に属し、裁判所が代つて保有部分を特定することは許されないから、買収処分にして小作地保有面積を侵害するときは、買収処分全部を違法とするほかなく、右の違法は、当該買収処分を当然無効ならしめるものである。

(ロ)  第四、第五目録記載土地のうちには、原告の自作地があるのに、これを含めて買収したことは重大なかしである。

(ハ)  第四目録記載土地のうちには、山林であつて、農地でない部分が多い。(甲第一号証参照。)これを漫然農地として買収したのは、明らかに重大な違法である。

四、以上のとおり、別紙第一、三、四、五目録記載の土地に対する農地買収計画及び別紙第一ないし第五目録記載の土地に対する農地売渡計画は、法律上の根拠がないのに定められた無効の処分であり、これを承認した県農委も、同様のそしりを免れないので、その無効確認を求めると述べた。(証拠省略)

被告らは、先ず本案前の抗弁として、

本訴は、買収処分、売渡処分の無効確認を求めるものであるが、これらの処分は、いずれも完了したのであるから、本訴請求は、国を被告とすべきであり、従つて被告らに対する請求は失当であると述べ、

本案につき、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、

原告の請求原因に対する答弁として、

原告が専業農家で、亡大内峯吉の長男であること、第一ないし第五目録記載の土地が前に原告の所有であつたこと、そのうちには相続登記が未済であつたため、峯吉名義になつているものがあつたこと、原告が、その主張のように、これを小作させていたこと、県農委が、村農委の定めた買収計画及び売渡計画を承認したことは、これを認めるが、その余の事実を争う。

第一ないし第五目録記載の農地については、措置法第三条第一項第三号該当地として、村農委の立てた買収計画によつて、次表のような経過で買収が行われ、右買収の結果、同法の定めるところに従つて、売渡が行われたものである。

買収計画樹立日

公告縦覧期間

県農委承認日

第一目録

二二、六、一一

八、二五―九、五

二二、一〇、二

第二目録

二二、六、一一

八、二五―九、五

二二、一〇、二

第三目録

二二、一二、二〇

一二、二一―一二、三一

二三、二、二

第四目録

二二、六、一一

八、二五―九、五

二二、一〇、二

第五目録

二二、一二、二〇

一二、二一―一二、三一

二三、二、二

村農委は、本件買収計画を定めたことを公告し、福島県知事は、本件買収令書を原告に交付した。本件農地が原告の保有制限内の小作地であること、第四目録記載土地のうちに山林があることは、これを否認する。第四、第五目録記載の土地中に、原告の自作地があるとすれば、これを買収したことは、違法であるかも知れないが、右違法は、取消原因となるものに過ぎないか、あるいは絶対無効をきたすものであるかは、疑問である。また死亡者を相手方とする買収計画でも、その農地がその者の名義である限り、違法ではなく、仮に違法であつても、それは絶対無効の原因とはならない。従つて第四目録記載の農地について、死亡した峯吉名義で手続がすすめられたとしても、この点に関する原告の主張は理由がない。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求に応じられないと述べた。(立証省略)

理由

先ず、被告らの本案前の抗弁について考察するに、原告は、本件土地に関する農地買収計画、売渡計画の無効確認を求めるものであつて、被告ら主張のようにその買収処分、売渡処分の無効確認を求めているものでないことは、請求の趣旨によつて明らかである。しかし、右買収処分、売渡処分の完了したことは、当事者間に争いないが、これらの処分が完了したからとて、必ずしも買収処分または売渡処分のみの無効確認を求めることができるだけであつて、これら処分の基礎となつた買収計画または売渡計画の無効確認を求めることができないと解すべきではない。何となれば、買収計画または売渡計画の無効を確認する確定判決は、その事件について関係の行政庁を拘束するものであるから、関係の行政庁は、右判決を実効あらしめるように措置することを義務づけられこれを有効なものとして運んだじ後の手続を適当に是正しなければならない責務をおうことになるわけであるから買収処分などの完了後であつても、買収計画などの無効確認を求める利益があるものというべきであるからである。ところで、行政処分無効確認の訴は、それが行政処分の取消または変更を求める訴と類似する限り、行政事件訴訟特例法三条を類推し、処分行政庁を被告としてこれを提起することもできるものと解するから、被告村農委に対する本訴はもとより適法である。ただ、原告は、当初福島県農業委員会をも併せて被告として本訴を提起したものであるが、県農委は、本件買収計画及び売渡計画を定めたものでないことはいうまでもなく、また訴願庁として裁決をしたものでもないことは、原告弁論の全趣旨で明らかである。もつとも県農委が、これら計画に対し承認を与えたことは当事者間に争いがなく、原告は、県農委が、右承認を与えたから、県農委に対し本件無効確認を求めると主張するが、承認は行政処分ではないから、県農委は、これら計画について処分行政庁ということはできない。そして被告福島県知事は、農業委員会法の一部を改正する法律附則二六号によつて県農委に対する本訴を受けついだものとされたものであるから、被告知事に対する本訴は、不適法として、これを却下すべきものである。

次に、本案について判断するに、本件土地がもと原告の所有であつたこと、村農委が、原告主張の買収計画及び売渡計画を定めたことは、村農委の認めるところであるから、以下順次原告主張の無効原因について検討する。

(一)  買収計画の手続上のかし

(イ)  村農委は、第二目録記載の農地については、昭和二二年六月一一日買収計画を定めたと主張するが、甲第一号証によれば、右農地について買収計画を定めたものでないことが明らかであるから、これについては買収計画が存在しないものといわなければならない。右認定を左右する証拠はない。

(ロ)  原告は、村農委は、昭和二二年六月一一日第一、第四目録記載の土地について買収計画を定めることを議決していないと主張するが、甲第一、一〇号証によれば、右農地について買収計画を定めたものと認めることができる。

(ハ)  原告は、村農委は第一、三、四、五目録記載の土地を措置法三条一項一号に該当するものとして買収計画を定めたと主張するが、所有者の住所、氏名として、甲第一号証によれば、第一目録記載の農地については原告の氏名だけが記入されて、住所の記載を欠くが、第四目録記載の農地については、野田村笹木野字町尻大内峯吉と記入されてあること、甲第六号証によれば、第三、五目録記載の農地については、野田村町尻大内半三と記入されてあることが認められるから、措置法三条一項一号該当地としたものでないことがおのずから明らかであり、甲第一、六号証の農地区分の部に法第三条第一項第一号とあるのは誤記と認められるので、この主張も理由がない。

(ニ)  原告は、本件買収計画を定めたことを公告しなかつたと主張するが、甲第一号証によれば、第一、四目録記載農地の買収計画については、昭和二二年八月二五日公告し、同日から九月五日まで縦覧させたことが認められる。第三、五目録記載農地の買収計画については、甲第六号証によつては公告の事実を認められないが特段の反証のない本件では公告したものと認めるのが相当であり、この点に関する原告本人尋問の結果は措信しない。また被告福島県知事が、本件買収令書を原告に交付しなかつたとしても、それがために、買収計画が当然無効となることはない。

(ホ)  原告が、亡峯吉の長男であること、本件土地が、原告の所有であつたことは、当事者間に争いがないから原告は、第四目録記載土地の所有権を相続によつて取得したものと推認される。ところで、村農委が、これを峯吉の所有として買収計画を定めたことは、村農委の明らかに争わないところであるが、亡峯吉を相手方として定めた右買収計画は、その相続人である原告に対して定められたものとして、原告について効力を生ずるものと解するのを相当とするから、死者を相手方とする右買収計画が当然無効であるとはいえない。

(ヘ)  甲第一、八、九号証、原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、昭和二四年三、四月ごろ本件買収処分に対し村農委に異議を申し立て、(原告弁論の全趣旨によれば、期間経過後の異議申立であると推認される。)村農委は、一応これを受理して、四月九日、同月二一日それぞれ委員会を開いて審議したが、本訴物件については、結局異議を認めることができないから、訴訟でもしてくれと口頭で原告に告知したのみで、却下とも、棄却とも書面による決定をしなかつたことが認められるが、それがために買収計画そのものが無効となる理はない。

(ト)  第一目録記載物件の買収計画承認申告書が、黒線で消されてあつたことを認めしめる証拠はない。

(二)  目的物に関するかし

(イ)  保有限度内の小作地について買収計画を定めたからとて、右買収計画が違法として取り消されるのは格別当然無効ではないから、仮に、本件買収計画が、原告の保有限度内の小作地について定められたとしても、これを無効ということはできない。

(ロ)  一筆の土地のうちに、一人または数人の小作地と、自作地とが混在する場合、右自作地を含めて、これを全部小作地として買収計画を定めても、右買収計画は、自作地の部分について取り消されるべき違法があるのみで、これがために、右買収計画全部が無効となるわけはない。従つて別紙第四、五目録記載の土地に原告の自作地が混じつていても、その買収計画を当然無効であるということはできない。

(ハ)  一見して山林であることが明らかな土地について定められた農地買収計画は、無効であると解すべきであろうが、原告は、当初第四目録記載の土地は、小作地以外は自作地であると主張したのに、後日になつて、右土地には現況なお山林の部分があると、その主張を変更したことは、訴訟の経過に照らし明らかであり、また原告本人尋問の結果によれば、原告は、当時右土地のうち二反二畝歩あまりを三名に小作させ、約八畝歩を自作していたことが認められるから、現況山林の部分があることは疑いないが、これらの事実によれば右土地が一見して山林であることが明らかであるとはいいがたく、このような状況のもとにおいて、右山林の部分を含めて、一筆全部を畑として買収計画を定めても、右買収計画は、山林の部分について取り消されるべき違法があるだけであつて、当然無効のものということはできない。

以上のとおり、被告村農委との関係において、第一、三、四、五目録記載の土地について定められた買収計画の無効確認を求める部分は、理由がないから、これを棄却すべきものである。

次に、売渡計画無効確認を求める部分について審按するに、

措置法による農地の買収と売渡とは、別個の手続で行われるのであるから、買収手続に違法があつても、直ちに売渡手続が違法であるということはできない。しかし、全然買収手続をしていない農地について定められた売渡計画は、いかにその旨を公告して、関係書類を縦覧させ、農地所有者に異議申立の機会を与えるとはいえ、そのかしが余りにも重大、明白であるから、たとえ異議申立がなく、売渡処分まで完了したとしても、右売渡計画売渡処分は、当然無効のものと解すべきである。本件第二目録記載の農地については、先きに認定したとおり、買収計画すら定められなかつたのであるから、右農地について定められた売渡計画は、上述の理により、当然無効と解すべきであるから、その無効確認を求める部分は正当であつて、これを認容すべきものである。

原告は、本件買収計画は、原告の所有限度内の小作地、原告の自作地、原告所有の山林、について定められた違法があるから、その売渡計画もまた無効であると主張するもののようであるが、買収計画に存する前示違法は先きに認定したとおり取り消されるべき違法に過ぎないのであるから、そのために本件売渡計画が無効となる理はない。

また原告本人尋問の結果によれば、別紙第一、三、四、五目録記載の土地に対する買収令書は、原告に交付されていないことが認められるが、買収計画樹立後に定められた売渡計画は、それがたまたま買収令書交付前に定められたという一事によつて、当然これを無効のものと解しなければならないはずはないから、原告が、買収令書の交付を受けていないからとて、本件売渡計画が無効であるとはいえない。

従つて、第一、三、四、五目録記載の土地について定められた売渡計画の無効確認を求める部分は、失当であるから、これを棄却すべきものである。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 斉藤規矩三 小堀勇 松田富士也)

(目録省略)

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